- 心を支える心 時ニール 2010-11-15 のつぶやき http://aikansyheiwa.blog21.fc2.com/blog-entry-259.html
- ありがとうございます!嬉しいです!僕のような学生の分際で恐縮ですが、今後ともよろしくお願い申し上げます!RT@katz_supremacy これからも同志としてよろしく。
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bilderberg54 鳩山グループメインメンバー
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bilderberg54 民社協会メインメンバー
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bilderberg54 菅・江田グループ(国のかたち研究会)主要構成員
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bilderberg54 花斉会の若きホープたち(笑)
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bilderberg54 凌雲会メインメンバー
- アルルさんの図解解説来たな・・。相変わらず分かりやすくて助かるな・・。すごくリアリティが増すな・・。
- 今まで全然意識していなかったけど、自分のブログのユニークユーザー(=重複抜きの、延べ人数)は1ヶ月で約5000人だった。 この数字が大きいのかよく分からないけど、結構大きい数字なのではないかと思う。 一人でも多くの人が、日常の洗脳から目覚めるきっかけになってほしい。 感謝。
- 私がキーワードとして目指して伝えていきたいのは『自然からの自由』。 常識的な日本人ほど意味不明な言葉だろう。 「自然」も「自由」も従来の日本人の知っている意味とはまるで異なる。 国際基準の教養であるリベラル・アーツの学問の歴史変遷を知らないと、本来の意味は解読できない言葉。
- 「自然」については先日解説したとおり。 「自由」はアーティストの村上隆の「日本人には自由信仰がある」という言葉が核心を付いていると思う。 これは実は甘え理論で有名な心理学者の土居健郎さんも「自由」の話は出している。 これは私の専門とする研究領域「仮想自己愛インフレーションと自由」
- 村上隆氏が「日本人は自分を自由に表現できると勘違いして、アートをやろうとする。そういうのは国際的にも駄作。ただの自由信仰でしかない。」と言い「克服のためには美術歴史を理解することが大切」と述べた。つまり「自然」を理解していない日本人だからこそ、「自由」を誤って解釈するという意味。
- そもそも美術には「過去の作品とカブったら駄目」というルールがある。絵が美しく細かく上手に書けてるとかはどうだっていい。それは練習すれば誰だって上手くなる。しかし「過去の作品とカブらない作品」を作ることは難しい。だからピカソのような下手に見える絵もカブってないから評価される。
- 大体「美術は私は自由に表現してくれるから」と自由信仰で絵を描く人は、作品も過去にあったような作品と「カブる」。 絵でも小説でも映像でも音楽でも作品であれば何でもそう。とても典型的。 それは今までの過去の作品を歴史的な経緯を知らないから。
- 現代の日本人の言う「自由」というのは、他人に「畑の洗ってない大根を食え」というのに等しい。 つまり意味は、普通は他人に差し出す場合、大根を洗って料理して出すが、現代の日本人は畑からそのまま引っこ抜いてきて土がついてても洗わず「これが私よ。ありのままよ。そのまま食え。」と欲求する。
- それが「私は自由だ(俺スタイルはフリーダムだ)」という仮想的な自由信仰。 専門的に言えば「幼児的願望(誇大自己)」なのだが、自然と自由を混同している日本人だからこそ、「ありのまま」の自然体に自由を求めてしまう。 だから「自然からの自由」と対比的に私のキーワードとしておきたい。
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