2010年11月12日金曜日

時ニール 2010-11-11 のつぶやき

  1. 心を支える心 時ニール 2010-11-10 のつぶやき http://aikansyheiwa.blog21.fc2.com/blog-entry-251.html
  2. 自殺配信の話が新聞にも載ってる。やはり本当。 大体、こういうの聞くと「俺は他人が死んでも何も感じない。すごいでしょ。すごいでしょ。」と自慢する典型的な神経症者がよくいる。そういう自己愛が満たされてない「構ってちゃん」は幼稚園児だと思っている。そもそも「言う時点」で何か感じてる。
  3. おー、ユーストリームで「死ね」「どうせできないんだから死んじまえ」とかその他、他者を卑下する中傷的なコメントで自殺実行を煽ってたustreamer-54143以外も、履歴リストでIDが掲載されてるな。「自殺関与・同意殺人罪」で、6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮やな。
  4. 交流分析のストローク論では、ストローク(肯定的に褒められること)の欠乏によって問題行動が起こる。 つまり人は「自己愛が満たされないほど、社会的に悪く思われるようなことをする」となっている。個人的にこれは概(おおむ)ね正しいと思う。
  5. ストロークの欠乏による問題行動1度:無気力・無関心・無責任・無会話、その他、遅刻や欠勤などが起こり始める
  6. ストロークの欠乏による問題行動2度:登校拒否・アトピー性皮膚炎・喘息・腹痛・頭痛などの病気、家庭内暴力
  7. ストロークの欠乏による問題行動3度:拒食症・過食症・アルコール依存症・薬物依存症
  8. ストロークの欠乏による問題行動4度:犯罪行為・自殺未遂
  9. ストロークの欠乏による問題行動5度:殺人・自殺
  10. 自己愛が満たされていない神経症的な人は、多数派(社会など)の規範などに対して「悪い」と思われることをあえてやろうとする。 多くの場合、周囲と真逆のこと(反対のことで嫌がられること)をやったり言ったりして「構ってもらおう」とする。 行動の度合は「自らの愛情の満たされなさ」の投影だ。
  11. 僕もそれよくあります(´ω`) ストローク欠乏の5階層理論は、「行動」結果だけでなく、その「動機」の愛情に注目するので、動機がそうであれば大丈夫だと思いますよ。 RT@u_lala 洗って縮んだぱつぱつのセーターを着てみて、これはいかんと思って脱ごうとしたら脱げなくて、結果遅刻
  12. ニコ動でも見ながら朝食食うかな・・・。 エルシャダイといい、ミルキィホームズといい、最近はゲーム発売前にカオスなネタにする販売商法なのかな・・・。 新しいな・・・。
  13. 恐縮です。ありがとうございますm(-_-)m 高校・大学と数百冊単位で読書を続けてきた結果、より真相に近しい結論だけが残ってあまりブレなくなりました。RT@u_lala あなたはそこらへんの考えがフラフラする人と違って、ちゃんとコアがあるから、安心してツイートを見ていられる。
  14. 先日は、自殺がいけないという「根拠(論理)」を「人権(ヒューマン・ライツ)」という話を引き合いにして書き連ねたが、実はこの論理は極めて「日本人向け」なリベラルな発想だ。 自分自身がリバータリアンの中でも福祉を考える左派に周りたいと思うのは、自分の甘さか、日本人としての真性かも。
  15. 「人権(ヒューマン・ライツ)」とは、元は「自然権(ナチュラル・ライツ)」から派生してきた経緯がある。 人権とは「憲法は全て人間の生活と生存を保障している(社会福祉を保証している)」という、極めてモダン・リベラルな発想だ。 しかし苗床の「自然権」に注目すれば、保守的な解釈もある。
  16. まず自然権(ナチュラル・ライツ)の歴史を少し書いておく。 自然権はジョン・ロックの「すべて人間は、決して奪うことのできない固有の権利として生命・身体・ 財産の自由を持つ」という所から来ている。 更にこれより前は「自然法(ナチュラル・ラー)」という「人間社会を貫く自然の掟」だった。
  17. 今でも自然科学・社会科学において「自然法(ナチュラル・ラー)」は本質的に同じ意味だ。 自然科学では、自然の物理法則だし、社会科学では法思想・政治思想だ。 古代より、この世(自然)には神が支配する一貫性のある法則があると信じられてきた。 この神の定めたものを「自然法」と呼んだ。
  18. どうせ日本人の教育は国際基準である「リベラル・アーツ」ではないので、「自然法」で法学・政治学・経済学・社会学と、医学・物理学・生物学・化学が、繋がってるなんて話は分からない。 それどころか文科系vs理数系という、誤った対立構造で見てるので、この洗脳から抜けない限り一生分からない。
  19. 自然権には「バーキアン」と「ロッキアン」の2つが対立的にある。 2つとも保守思想だ。 双方とも自然法までは認めているが、前者は「自然法」を重視し、後者は「自然権」を重視する。 これで対立している。
  20. 「バーキアン」はエドマンド・バーク主義者で、自然法(ナチュラル・ラー)を重視する。 今でも共和党勢力、つまり世界の保守勢力の最も巨大な本流的である。 「自然法までは認めるけど、自然権って憲法っていう紙切れにすぎないじゃないか、そんなんに意味はあるのか?」という疑念がある。
  21. 対して「ロッキアン」はジョン・ロック主義者で、自然権(ナチュラル・ライツ)を重視する。 「個々の法や思想は人間が解釈して社会運用する」という実務家官僚、法律家、現実的保守主義者である。アメリカのエリート層。
  22. このように自然法は、歴史の経過と共に主に3区分される。 1:自然法世代(古代アリストテレス~近代フーゴ・グロチウス)、 2:自然権世代(ジョン・ロック以降~=重視するロッキアン vs 軽視するバーキアン)、 3:人権世代(1948年の世界人権宣言以降~)
  23. 最後の人権世代とは、 元々ジョン・ロックが自然権で「生命・身体および財産の、国家からの自由・独立・不可侵」と言ったことを、 「憲法はすべての人間の生活と生存を保障している(つまり社会福祉を保証している)」とまで拡大解釈して世界人権宣言までやらかしたモダン・リベラル(近代左翼)だ
  24. そして、これらの自然法、自然権、人権の全てにおいて、否定的な立場を取るのが「リバータリアン」である。 正確にはイギリスの源流を持つジェレミー・ベンサム主義で「ベンサマイト」と言う。 これをアメリカではリバータリアンと言う。
  25. リバータリアン(ベンサマイト)は、 人権(ヒューマン・ライツ)は元より、その起源である自然法(ナチュラル・ラー)や自然権(ナチュラル・ライツ)についても「そんなものはない。あるなら見せてみろ。」と否定する。
  26. リバータリアン(ベンサマイト)は、 神の法則である「自然法」以前に、それも全て人間が作ったのだと「人定法(ポジティブ・ロー)」を主張する。 古代アリストテレスが、人の定めたもの(=人定法)と、神が定めたもの(=自然法)とで、区別していたところまで遡って、「人定法」を主張する。
  27. だからリバタリアンは、保守(コンサバティブ)とも左翼(モダン・リベラル)とも対立する。 保守と左翼の両方の根源にある「自然法」さえも否定して「人定法」を唱えているのだから。
  28. リバタリアンは古典的自由主義者だ。 元々、リベラルは古典的には自由主義の意味だった(それが近代になって、その名称を個人の自由尊重で経済を軽視する左翼に奪われた)ので、 近代左翼(モダン・リベラル)に対して、リバタリアンは「クラシカル・リベラル(古典的自由主義)」とも呼ばれる。
  29. 1987年の敬虔なクリスチャンであったグレゴリー・チャイティンの不完全性定理を通して、1991年に宗教哲学者のパトリック・グリムがグリムの定理を公式に発表して、 神の存在証明の普遍言語であった完全絶対の「数学(=神学)」に「バグ」があると証明され、完全に神様はお亡くなりになった。
  30. 個人的に本心を言うと、この神(=数学)の死という出来事を通して、すでに自然法(自然科学=自然の物理法則、社会科学=法政治思想)というものも完全に土台から崩れている。結局、人が作った「人定法」でしかなかったのだから。だから私はリバータリアンの正当性を推している。
  31. 保守思想のうち、もしバーキアンの自然法(ナチュラル・ラー)を重視すると、例えば動物が足を失ったらそのままうずくまって死ぬように、人間もその法則のように「死にたい時に死ね、病気になったらもう死ね、それくらいの覚悟でやれ。」と解釈する。 それが神の定めた自然法の「自然の掟」と考える。
  32. 保守思想のうち、もしロッキアンのように自然権(ナチュラル・ライツ)を重視すると、 先日の私のように自殺に関して「それは自然の摂理に反するので、自然権をも侵害するのでよくない。」という解釈になる。 モダン・リベラルの人権(ヒューマン・ライツ)なら「人権侵害」の一発で解釈できる。
  33. では、それら神の定めた自然法・自然権・人権の3つにも反対し、 人が定めた人定法(実際に神様が1991年に死んでから、これが正しいと分かった)を唱えるリバータリアンは、どうするかと言うと、「個人の自由に任せる」となる。死ぬのも自由、止めるのも自由、そちらの方が人命を救えると考える。
  34. なぜ自由を認めると、逆に人命を救うことができるかと言うと、 自殺などが起こるのは、基本的に個人の自由だが、それ以前に、その人を「誰かが何とかしてくれるだろう」という国(他者)に依存した考えの者が多いためと考える。
  35. リバタリアンは、自殺を「自己責任、個人の自由」で切り捨ててしまう自然法・自然権派(バーキアン・ロッキアン=保守派)とも、「法で人命を守る!」と規制で国(他者)依存にして人間の主体性を失わせる(個人が他人を助ける機会を阻害する)人権派(モダン・リベラル=近代左翼)とも対立する。
  36. 何よりも自殺が生じるのは、そこまで当人を追いやった社会(国)システムにも問題があり、結果、経済にも不利益な循環が生まれるので、保守で自然権派のロッキアンさえも自然権の話を持ち出して自殺の不当性を説く。 経済不利益に関してリバタリアンも概ね同意するが、自然権以前に人の自由を尊重する
  37. そしてリバタリアンは、そうやって個人の自由にした方が、人間が「誰かが何とかしてくれるだろう」という国依存から主体性を回復し、人命を救える機会を増やし、だからこそそれを尊重しあって身近な者が主体的に行動して助けられるので、逆に自由を認めると逆に人命が救えると解釈する。
  38. 大丈夫です。私はその意見には全面的に同意します。 そしてそこだけでなく、今までの経緯と、次の文章を読んでいただきたいです。 RT@fab4wings 自殺が個人の自由?全く違うと思います。
  39. 何度も言うように、自殺が多い国というのは旧社会主義体制が残る共和国などだ。(インドは輪廻転生を全員信じて自殺禁止なので例外)日本も同じような状態だ。 そういう国は、社会的な包摂組織がなく、裕福な極一部の国の者と、貧民が大多数という格差構図があり、働いても豊かになれない共通点がある
  40. 社会的包摂組織とは、国と個人の間に介在する組織。キリスト教圏なら教会のボランティア団体がそれ。別に宗教を介さなくても政治組織でも何でも良いが、その社会的な包摂組織が、日本はごっそり抜けている。 よって、常に国と個人との2者でしか見れず、中間に救われず個人へ一気に問題が滑り落ちる。
  41. このような社会的な包摂がない日本において、この問題を解決しようと思うならリバータリアニズム的な発想をしないといけない。 国が規制しすぎて雇用の機会を奪い無職・失職させ、逆に守りすぎて過労している労働問題もそう。十分に検討した後、規制緩和して自由にしないといけない。
  42. そしてゲーデル・チャイティン・グリムの不完全性定理によって神様が死んだ今、自然法(自然の物理法則、法政治思想)も自然権も人権も根底から崩れて、 人定法になったのだから、本来の保守であり本来のリベラルでもある「リバータリアニズム」に世界が意向しないといけない。
  43. 不完全性定理とは、もの凄い簡単にいえば、コンピュータプログラムでソフトを作り「このプログラムにはバグがない」と証明できたとしても、それを記述している言語そのものにバグがある可能性もあるということ。同様に物理学の理論が完全だと証明できても、それを記述する数学にバグがあるということ。
  44. チャイティンはコンピュータ言語のLISPを用いて、全てのことに偶発性が存在し、あらかじめ決まった法則はないということを証明した。数学全般に不完全性定理が働くということは、物理・化学などの自然科学、政治・経済などの社会科学、ひいては宇宙全体の全てにおいてランダムだと言うこと。
  45. 例えば、理科でお湯は100℃で沸騰すると言われて、水に温度計を突っ込んで確かに100℃で沸騰して再現的に測れたとしても、 不完全性定理により、実はそれは正確ではなく嘘だった(数字に絶対性はなく、更に観測問題もある)ということだ。水を温度計で測ったところで何も分からなかったのだ。
  46. もっともこういう理屈を受け入れやすいのが論理の発展していない日本だが、基礎的な論理が発展していない以上、どうせ受け入れて理解するまでにあと500年以上かかるんじゃないかと思う。
  47. そして、どんなことも行動規範(エートス)がなくてはいけないので、だったらリバータリアニズムから入ったほうが手っ取り早いのではないかと考える。それとフリーミアムが親和性が高いと考える。 だから私は日本で初めて「リバタリアン心理学」という新しいジャンルを創始した。 間違なく日本初だ。
  48. _ryu9 ネトウヨと呼ばれている集団は、保守派ではなく、ただの流されやすい人たちなのでは。嫌韓ブームの頃は「韓国に比べたら中国はまともだ」なんて言われてた。2chで。 あとマスコミに踊らされることを嗤うくせに、ネットの伝聞情報は鵜呑みにしてみたり。「銛で突かれた」とか、ソース皆無よな。
  49. 現状の日本は、リベラル・アーツではなく、理数系vs文科系という誤った学問洗脳を受けている(理科に神のような絶対性を感じてしまっている)。 「目に見えるものを研究する」のが理数系で、「目に見えない無価値なものを研究する」のが文科系、という国際的に失笑されるほどアホな解釈をしている。
  50. ここで不完全性定理で神が死んだ話だけが先行すると、どうせ「やはり理数系が絶対的に正しかった!唯物論万歳!科学様万能!死んだら無になる!目に見えない宗教臭いものや文科系は全滅しろ!」という隣国の中国共産党員と同じ思想のマルキストが大量生産する。論理がない日本学問はここまでアホなのだ
  51. 不完全性定理によって確かに神(数学=神学=哲学)は死んだ。 しかし、それは数学ひいては宗教から絶対性が消えて無価値になったわけではない。ツール(道具)になったのだ。 そして自然科学や社会科学に神のような絶対性が移ったわけでもなく、科学もツールとして両方が人が扱えるツールになった。
  52. そしてその絶対性のなくなった宗教をツールとして利用したのが、ルータイスのコーチングの方法論であり、コンサルタントやマーケティングにも繋がってきたという歴史的変遷が、国際的な解釈である。(その具体的な方法を書くとマジでやばいので、これ以上は有料の情報にしたい。)
  53. ブログ更新「理系・文系という分け方は間違っている!(1) ~神学 vs 学問~」 http://rextuseferu.seesaa.net/article/142022140.html
  54. ブログ更新 「本当の右翼・左翼はこういう図だ!(ノーラン・チャートを描いてみた)」 http://rextuseferu.seesaa.net/article/139932195.html
  55. ブログ更新 「ネット風評監視サービス会社」の存在を知ろう!(2chとニコ動でネトウヨ思想へと世論工作する団体) http://netkudoku.seesaa.net/article/140502077.html
  56. 古村治彦さんのフォローキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!! ・・・これは嬉しい!!藤森かよこさんもいらっしゃるから充実してきたな・・!

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